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戦争への道を許さない!!12.8北海道集会に代えて

掲載日:2020.12.08

 1941年12月8日、日本は、アメリカ太平洋艦隊の本拠地ハワイの真珠湾を急襲し、太平洋戦争に突入しました。そして、アジア・太平洋諸国で2千人を超す尊い命を奪い、沖縄、ヒロシマ・ナガサキの惨禍をもたらしました。「12.8北海道集会」は、太平洋戦争開始日を振り返り、二度とこのような悲惨な歴史を繰り返さないことをスローガンに掲げ、1994年から毎年開催してきましたが、今年は新型コロナウイルス感染防止のため集会を中止にしました。
 この度、12.8北海道集会で講演を予定していた防衛ジャーナリストの半田滋さんに、敵基地攻撃能力保有の問題点をまとめていただきましたので掲載いたします。


半田 滋(はんだ しげる)さん プロフィール
 1955年生まれ。防衛ジャーナリスト。元東京新聞論説兼編集委員。獨協大学非常勤講師。法政大学兼任講師。防衛省・自衛隊、在日米軍について多くの論考を発表している。2007年、東京新聞・中日新聞連載の「新防人考」で第13回平和・協同ジャーナリスト基金賞(大賞)を受賞。著書に、「零戦パイロットからの遺言-原田要が空から見た戦争」(講談社)、「日本は戦争をするのか-集団的自衛権と自衛隊」(岩波新書)、「僕たちの国の自衛隊に21の質問」(講談社)などがある。


 79年前の12月8日、日本軍による先制攻撃から太平洋戦争が始まった。真珠湾への不意打ちによって緒戦こそ戦果を挙げたものの、工業力に勝る米国に反撃され、最後は日本列島全体が無残な焦土となって敗戦の日を迎えた。  この戦争の反省からわが国は不戦を誓い、日本国憲法を制定した。しかし、戦後75年目を迎えた今年、先制攻撃を容認する国家に逆戻しつつあることを一体、だれが予想できただろうか。  8月に退陣を表明した安倍晋三前首相は「敵基地攻撃能力の保有」などの検討を求める談話を残し、後任の菅義偉首相に委ねた。敵基地攻撃は先制攻撃につながりかねず、専守防衛の国是を骨抜きにする。  敵基地攻撃について、現在の検討状況を解説する前に、7年8カ月の長期に及んだ安倍政権を振り返ろう。  安倍氏が残した最悪の足跡は、歴代政権が「行使できない」としてきた、他国を守るための戦争である集団的自衛権を「一部行使できる」と魔法のように変えたことだろう。  閣議決定によって憲法解釈を一方的に変更し、安全保障関連法を制定することで集団的自衛権行使は解禁された。同法に対し、今でも多くの憲法学者や「憲法の番人」と呼ばれる歴代の内閣法制局長官が「憲法違反の法律」と批判している。  だが、集団的自衛権の行使解禁は、安倍氏の持論でもあった。2004年に出版された安倍氏の著書「この国を守る決意」にはこうある。  「われわれには新たな責任があります。この日米安保条約を堂々たる双務性にしていくということです。(略)いうまでもなく軍事同盟というのは“血の同盟”です。日本がもし外敵から攻撃を受ければ、アメリカの若者が血を流します。しかし、今の憲法解釈のもとでは、日本の自衛隊は、少なくともアメリカが攻撃されたときに血を流すことはないわけです。(略)双務性を高めるということは、具体的には集団的自衛権の行使だと思います」  日米安全保障条約について、政府は「米国による日本の防衛義務を定めた第5条と米軍へ基地提供義務を定めた第6条により、双務性を帯びている」と説明している。だが、安倍氏の見解は違う。安保条約は片務的であり、双務性を高めるには集団的自衛権の行使が必要だというのだ。  安全保障関連法が制定された背景に、安倍氏の政治信条があるのは明らかだろう。同法に立法事実はなく、あるのは「やりたいからやる」という安倍氏の強烈な意思のみである。その意味ではモリ・カケ・サクラと動機において変わるところはない。「法の支配」から逸脱し、「人の支配」という独善的手法で押し切ったのが安倍政権だった。  では、「敵基地攻撃能力の保有」はどうなのか。今年6月、当時の河野太郎防衛相が推進装置「ブースター」を安全に落下させられないことを理由に地対空迎撃システム「イージス・アショア」の配備停止を表明した。これを受けて自民党が代替策として「敵基地攻撃能力の保有」を求める提言を安倍首相に手渡した。  安倍氏は首相退陣直前の9月11日、談話を発表し、「敵基地攻撃能力の保有」と「イージス・アショア代替策」の2項目を検討するよう言い残した。この2項目が現在、政府部内で検討されている。  「敵基地攻撃能力の保有」について、自民党は北朝鮮が弾道ミサイルを試射する度に「保有すべし」と政府に迫ってきた過去がある。これに対し、政府は「攻撃は米軍に任せ、わが国は防衛に徹する」と答弁し、敵基地攻撃の保有を拒否してきた。先制攻撃につながりかねず、そうなれば専守防衛から逸脱するからだ。  しかし、安倍政権の終盤、政府は初めて自民党と足並みを揃え、敵基地攻撃の検討を始めた。その背景には集団的自衛権行使解禁と同じく、安倍氏の政治信条がある。安倍氏は首相在任中の2018年2月14日の衆院予算委員会で、次のように述べている。  「(専守防衛は)相手からの第一撃を事実上甘受し、かつ国土が戦場になりかねないものでもあります。その上、今日においては、防衛装備は精密誘導により命中精度が極めて高くなっています。ひとたび攻撃を受ければこれを回避することは難しく、この結果、先に攻撃したほうが圧倒的に有利になっているのが現実であります」  首相が先頭に立って「先に攻撃したほうが圧倒的に有利」とあおるのだから開いた口がふさがらない。憲法の制約など、どこ吹く風である。  ただ、「安倍路線の継承」を明言した菅氏は11月になって「この談話は閣議決定を得ていない」と言い出し、安倍談話を無視するかのような態度を見せた。だが、これは来年1月の通常国会冒頭や3月末の来年度予算の成立後に衆院解散・総選挙も選択肢とするため、連立を組む公明党が反対する敵基地攻撃に深入りすることは得策ではないと判断したに過ぎない。  現に9月に公表された2021年度防衛費の概算要求には、安倍談話を反映して「敵基地攻撃能力の保有」と「イージス・アショア代替策」の2項目がしっかり書き込まれている。  概算要求は5兆4898億円。本年度当初予算比3.3%増の高い伸び率となり、過去最大を7年連続で更新した。  防衛費が膨らむ要因は、安倍政権による米国製兵器の「爆買い」にある。米政府の言い値で買わされ、納期も米側次第というトンデモ商法の「対外有償軍事援助(FMS)」による契約額はピーク時よりは減ったが、菅政権でも高止まりが続く。  そのFMSで購入する兵器のひとつが「イージス・アショア」だ。配備断念を受けて、概算要求には「イージス・アショア代替措置関連事業(事項要求)」と書き込まれた。事項要求とは「導入するが、価格が未定」という意味であり、金額が決まれば、防衛費に上乗せされるから、来年度の防衛費は5兆5000億円程度では済まない。  イージス・アショア代替策は、イージス護衛艦の追加建造となる公算が大きく、最新の「まや」型が2隻造られる見通しだ。日本版イージス・アショアの大型レーダーを搭載することから船体は拡張され、2隻で5000億円もの巨費が投じられる。乗員は一隻あたり310人だから620人の増員が必要となり、代替策が防衛費を押し上げる要因となるのは間違いない。  そもそも、イージス・アショアは安倍前首相がトランプ米大統領に米国製兵器の購入を迫られて導入を決めた政治案件だ。洋上配備に変更すれば、米政府に支払うカネはさらに増え、おそらく総額1兆円を越える。菅政権も安倍政権と同様、米国にとって便利な現金自動支払機であり続けるのだろう。  もうひとつ、「敵基地攻撃能力の保有」につながる兵器は、前年度の防衛費に続いて、護衛艦「いずも」型の空母化、戦闘機から発射する長射程ミサイルの導入、敵レーダーを攪乱する電子戦機の開発などに経費が計上されている。  見逃せないのは、新たに「衛星コンステレーション(星座の意味)活用の検討」が登場したことだ。衛星コンステレーションとは、宇宙の低軌道に数多くの監視衛星を打ち上げて、敵ミサイルを追尾する衛星群のこと。米国防総省が研究を進めている。  防衛省にとって都合のよいことにわが国は今年6月に宇宙基本計画を改定し、米国、中国、ロシアが進める「宇宙の戦場化」に同調する方針を打ち出した。そのうえで「小型衛星コンステレーションについて米国との連携を踏まえながら検討を行い、必要な措置を講ずる」と明記した。  米国防総省は、新型ミサイルに対処するため、2013年に新構想「統合防空ミサイル防衛(IAMD)」を策定。昨年3月には、1200基の衛星コンステレーションを構築する計画を発表している。  米国防総省は、この計画に参加するよう日本政府に求めており、改定宇宙基本計画が米国との連携を盛り込んだのは、日米両政府による出来レースの結果であって、間違っても偶然の一致などではない。  IAMD構想は「敵のミサイル攻撃阻止のため、防衛的、攻撃的能力をすべて包括的に結集させる」としており、政府が検討中の敵基地攻撃と符号する。  米政府と連携すれば、米軍の情報をもとに自衛隊が敵基地攻撃に踏み切ったり、自衛隊の情報をもとに米軍がミサイルを発射したりする「武力行使の一体化」に踏み込むことになる。もはや憲法の歯止めなど、ないも同然だ。  お分かりいただけただろうか。  菅首相が安倍談話の継承を否定しようとも、買い入れた兵器を無駄にするわけにはいかない。兵器に魂を入れるための「防衛計画の大綱」「中期防衛力整備計画」の改定はいずれ、行われるだろう。  振り返れば、防衛省が専守防衛と見せかけて攻撃的兵器の導入を進め、政権が「防衛計画の大綱」「中期防衛力整備計画」によって攻撃的兵器の導入にお墨付きを与えるという二人三脚は安倍政権になって際立つようになった。  その背景には「安倍氏の意思を忖度する防衛官僚・自衛隊制服組」と「敵基地攻撃能力を自衛隊に持たせたい安倍氏」というニワトリと卵のような関係があった。その不適切な関係を可視化したのが安倍談話である。残念ながら、防衛省が買い揃える兵器類が、日本防衛から他国攻撃に転用可能となる日は、そう遠くはないのかもしれない。  国の安全は、軍事力だけで成り立つものではない。外交、経済、文化、人的交流などを複合的に組み合わせたうえに維持される。何より、戦争は人の命を奪い、すべてを破壊し尽くす地獄絵図である。戦後75年の節目に平和国家への道行きを踏み外してはならない。 半田滋(はんだしげる) 防衛ジャーナリスト、元東京新聞論説兼編集委員、獨協大学非常勤講師、法政大学兼任講師



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