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第21回憲法問題連続講座 講演概要掲載のお知らせ

掲載日:2020.11.19




「沖縄スパイ戦史DVD発売記念講演会~語られなかった沖縄戦・北海道から沖縄と国防を考える」と題して行われた、三上智恵さん(ジャーナリスト・映画監督)と大矢英代さん(ジャーナリスト・ドキュメンタリー監督)の対談内容をまとめましたので、ぜひご覧ください。




 主催者を代表して北海道平和運動フォーラム 清末愛砂代表が挨拶しました。

 新型コロナウイルスの感染拡大問題が収束しようもない状況が続くなかで、市民が表現の自由を体現する一つの方法である、集会やデモなどの主催や参加が、大変困難な状況が半年近く続いてきた。一方、人権にかかわる課題が以前よりも増えている状況があるにもかかわらず、<集う>ことができなければ市民活動が停滞するのではないかと懸念する声もたびたび耳にしてきた。この半年間は、自らもオンライン集会で講演をしたり、参加したりしてきたが、やはり直接顔が見える形で各種のイベントを開くことの最も大きなメリットは、人と人との<つながり>をつくりやすくする、またさまざまな事象に対する連帯の気持ちを示しやすくすることにあると思う。
 ところで、本日の集会の重大なテーマである「沖縄と国防」について、おかしいと思っていることを少しだけ述べる。今年2月に石垣島で調査をした。その際に私にとって最も大きな衝撃であったのは、島の住民の命を支える市街地に大変近い水源地・農地が自衛隊の基地に変えられようとしていること。ひとたび何か起きたときに、最も狙われるのは軍事施設。人口集中地区の近くに基地を作るということ自体、島民の生命を軽視していると言わざるを得ない。こうしたとき、自衛隊は住民を守らない。「国民保護法」下で自治体がその責務を負うが、どうやって守ることができるというのか。逃げるところがあるとでもいうのだろうか。すなわち、島民に犠牲が出ることを前提としての基地建設なのである。これは、憲法前文の平和的生存権や憲法13条の生命権の侵害になりかねない。水への影響という意味では憲法13条と25条に基づく環境権の侵害にあたる。憲法研究者としてはそのおかしさを指摘せずにはいられない。
 自衛隊の南西諸島配備問題は、南西諸島だけで起きているのではない。この問題は、現在の防衛大綱の下で進む北海道の自衛隊のさらなる演習場化と南西諸島における自衛隊配備問題とのつながりからも見て行かなければならない。



講演は、『沖縄スパイ戦史』監督の三上智恵さんと大矢英代さんの対談形式で進められました。

三上:私は、大きな権力に対し抗っている人たちのところに駆けつけ、報道することを長年続けてきた。毎日放送のアナウンサーから、何か作品を作りたいと琉球朝日放送に95年に転職。95年は少女暴行事件が発生し、沖縄の大転換期となった。基地問題等取り上げ、キャスターの仕事をしながら数々ドキュメンタリーも作ってきた。『標的の村』は琉球朝日放送時代のドキュメンタリー。なかなか全国放送にならないので、映画化した。

大矢:沖縄戦の中でも「もう一つの沖縄戦」と呼ばれてきた「戦争マラリア」の取材を大学院生の時から続けてきた。石垣島や波照間島などの日本最南端の地域・八重山諸島では、地上戦が無かったのに住民たちが3600人以上亡くなっている。戦史ではなく、マラリアによる感染症。その原因は、日本軍による強制移住だった。今から10年前、学生時代に波照間島に住み込んで取材を続け、ドキュメンタリーを撮って、その日々を大学ノートに残していた。その時の資料を基に今年2月、ルポ『沖縄「戦争マラリア」―強制疎開死3600人の真相に迫る(あけび書房)』を出版した。三上さんとの共同監督ドキュメンタリー映画『沖縄スパイ戦史』では伝えきれなかった「戦争マラリア」の実態を描いた。

三上:私は辺野古、高江、宮古、石垣で基地問題のドキュメンタリーを撮ってきた。三本目の『標的の島 風かたか』を出したのが2017年春。「沖縄は大変ね」じゃない、日本列島が大変なのだということ。日本が防波堤なのですよ、という内容の映画を作ったのに、見た人の半分近くが「沖縄大変ね、応援してる」と言う。沖縄は燃えているかもしれないが、対岸の火事ではなく、あなたたちのところにも飛び火しているんですよ、と。
 なぜその壁ができるのか?自分の問題だと思うと辛いから「鈍感の壁」ができる。沖縄がやられてから考えればいいという鈍い考え方を崩すために、次に私は何をせねばならないのか?と思った時に、次は沖縄戦を伝えなおすしかないなと思った。沖縄戦では軍隊は住民を守らなかった。何故守れないのかということを掘り下げなければ「中国、北朝鮮が怖いからもっと自衛隊に強くなってほしい」「アメリカ軍に頑張ってほしい」という病に日本中がかかってしまう。自身の安心の為にどこかに軍隊が必要、という安易な思考が生み出す悲劇に目を向けてもらうには、沖縄戦を、特に住民がなぜ軍隊に殺されたのかを追及するしかないと思った。丁度その頃、放送局の後輩だった大矢さんがフリーになったので、一緒に映画を作ろう、と誘った。
 陸軍中野学校。沖縄戦に42人投入されたスパイ学校出身将校の目的はなんだったのか。スパイ戦、ゲリラ戦、いわゆる秘密戦の中身がわからないと軍隊が住民をどう処遇するかが分かってもらえない。15~16歳の少年兵たち・護郷隊の事を描きながら、どうして沖縄の住民たちが「スパイだ」と言って何百人も殺されるような事態になったのか。なぜ軍隊は住民を疑い、殺すのかということについて「たまたま不幸なでき事だった」で片づけられたら困る。軍隊が持っているマニュアルの下に行われたこと、軍隊の性質上そうなってしまうんだということを紐解いていかねばならない。その結論は、私たちには見えていた。

大矢:10か月という短い作成期間で映画を作った。三上さんは本島の護郷隊と住民虐殺の取材。私は八重山の「戦争マラリア」と自衛隊問題を取材した。証言の裏付けのために資料を求めて、アメリカの公文書館にも行って資料を発掘した。米軍が戦時中に作成した沖縄戦の資料が大量に残っていた。中には、日本軍が戦中戦後に焼いてしまったために、日本国内には残っていない資料も保管されていた。私と三上さんにとって、沖縄戦は昔話じゃない。戦後70年、75年とカウントアップしていく日本の報道スタイルがあるが、私たちは沖縄戦の延長上に今の社会があると。むしろ次の戦争の目の前に来ている、それに向かってのカウントダウンになっているのに戦争から遠のいていくと報道する今のメディアに対し、非常に大きな問題意識を持っていた。
 テレビ局員として戦後70年特集や、毎年6月慰霊の日のシリーズ特集を作った。6月に集約されない沖縄戦というものを見る中で、本質的な部分を見せるためにはフリーになり映画化しなければ伝えきれなかった。

三上:一つのキーワードは「始末の悪い住人を始末のつく状態にする」という中野出身者が使う言葉。作戦上、食糧生産や陣地構築のために散々住民を使うが、やがて軍の機密を知り過ぎてしまい邪魔な存在になる。米軍が上陸したら情報を与えかねない。スパイとして確信犯で行動しなくても、仮に拷問されれば喋ってしまう。軍にとっては都合が悪い。大量にマラリア地帯に行かせるのも一つ。誰がスパイになりそうなのかをお互いに監視させリスト化するのも一つ。そうして「始末のつく」状態にしておく必要があった。
 被害を受けた話に涙するだけではなく、戦った側の論理、気持ちの推移まで理解しないと、また軍事力で決着をつける方法を肯定する人たちを止めることができない。被害者だが加害者でもある少年兵の目線で沖縄戦を見ると、住民の証言の見え方が違ってくる。映画で伝えたかったのは、軍隊に守られたいと思った住民たちの成れの果て、です。

大矢:三上さんと私に共通していたのが、今の時代に対する危機感。今やらなきゃ取り返しのつかないことになると思った。年々、日本の中で強い軍隊に守られたいと願う国民が増えてきている。「安保法」ができたときにたくさんの人が全国で反対したが、強い軍隊を持つことを多くの国民が求めている。中国怖い、北朝鮮怖い。武力が無かったらどうやって平和な社会を守っていけるの?という考えが年々増えてきている。その考えを壊すには歴史的な証拠をジャーナリズムの力で見せていくしかなかった。
 過去の戦争を日本社会はどう教えてきたか。戦争したい人たちも「戦争はダメだ」と言う。「ダメだから強い軍が必要だ」と言う。歴史的原点に立ち返れば、いざ戦争になった時に犠牲になったのは住民だし、戦場に駆り出されて武器を持たされ戦わされたのも住民。同じことが同じ論理で起きるよ、ということを伝えたいという思いだった。この問題意識は「戦争マラリア」の取材の中で磨かれていった。
 私が「戦争マラリア」を取材しだしたのが10年前。体験者たちがどんどん亡くなっていく現実があって、今伝えなければもう二度と肉声は戻ってこないという焦りがあった。
 当時は作品づくりの事を考えず、「知ってしまった以上は社会に伝えねば」という思いでいた。「戦争マラリア」は戦時中の病死と誤解している人が多かった。強制移住に関する軍命は口頭で出されていたこともあって、戦後長い間、軍の関与が証明できなかった。1990年代に、遺族会の国家請求運動と共に、ようやく軍の関与が明らかになった。それでも政府は軍の責任を認めなかった。慰霊碑に「軍命」の文言を入れることも政府は認めなかった。
 「戦争マラリア」の犠牲者たちは思い出したくない、政府にも認めてもらえず悔しい体験として記録されていた。そんな中、私が2009年、2010年あたりに「戦争マラリア体験を聞かせてください」と言った時に、「何であなたにそんな話をしなきゃならないんだ」と何度も言われた。戦後、私たちがどう戦争体験に向きあってきたのか、戦争責任をどう取ってきたのかを考えながら取材してきた。10年かかって映画化、書籍化してきたが、一番伝えたかったのは「戦争マラリアも沖縄戦も昔話じゃない」ということ。同じことが直ぐに起こりうる環境に私たちは居るということを考えてほしい。

大矢:2018年11月から取材拠点をアメリカに移した。きっかけは、大学時代に1年交換留学したこと。イラク戦争の真っただ中だった。同時にリーマンショックが始まり、アメリカの経済がガタガタだった。その時大学では、クラスメイトが米軍にリクルートされる状況になった。学校内に米軍のブースができ、「2年間だけ軍に入れば学費も出るし、就職活動支援もするし、健康保険も入れる」と甘い言葉で勧誘していた。アメリカがやっている戦争は、貧しい若者たちを勧誘することで支えられているんだと気づいた。日本に帰国し、日本にある米軍基地問題についてもっと学びたいと思い、沖縄に行った。沖縄で見えたのは、日米の構造的差別だった。どれだけ沖縄県民が声をあげても、ワシントンや霞が関といった沖縄から遠く離れたところで政策が生み出され、沖縄にはしわ寄せがいく。なぜアメリカは戦争をし続けるのか。世界中に800も1000もの基地を張り巡らせるのか。戦争を生み出すアメリカの構造を学びなおしたいと思い、アメリカに行った。
 もうひとつ大きなきっかけになったのが、2016年に「テロリストは僕だった」という番組を作ったこと。主人公は、イラク戦争に出撃した元海兵隊員。テロリスト退治の名目でイラクに出撃したのに、結果は自分がテロリストだったことに気づいて軍を辞めた。
 この番組の取材でアメリカに行ったとき、ニューヨークの路上には、イラク、アフガンに行った元軍人がホームレスになっていた。入隊前に聞いていた甘い誘いにのった人たちが、全然助けられずに路上生活をしていた。アメリカの戦争し続ける体質を学び続けている。
 これまでの取材を通じて、軍隊の中にいる兵士たちも苦しんでいることを知った。米軍には「名誉除隊」と「不名誉除隊」があり、辞めた後の待遇が変わってくる。軍は完全なタテ社会。上官の命令に背くと不名誉除隊の烙印を押される。そうなると再就職は不可能。約束されていた健康保険ももらえない。自分の生活を守るためには上官に逆らわないこと。逆らえないイエスマンになって名誉除隊の資格が欲しいがために完璧な軍人になる。アメリカでは、軍人・元軍人は一般市民から尊敬の対象とされている。国への貢献、犠牲を払ってくれてありがとうと美化されている。

三上:日本も戦時中は英霊を出した家は軍神の家だった。特権がずっと続かず戦後は無くなったが。アメリカはまだそれが生きている。

大矢:今年5月にジョージ・フロイドさんが殺害された。私にとって一番の驚きは、「殺害された人が黒人だった」ことではなく、「殺したのが警察官だった」こと。あんなに残酷に、無慈悲に首を絞め続ける人がなぜ警察官として仕事ができるんだろうかと。
 調べてみると今年1~6月で警察官による殺人事件が600件近く発生していることがわかった。月に100人の市民が警察に殺されている。
 犠牲者が黒人であるがゆえに「人種差別」問題として語られてきたが、一方で、アメリカでは警察の暴力の根底部分がなかなか語られない。

三上:アメリカくらいになると、物凄い腕力を持った、警察のような治安を守ってくれる人たちがいないと怖いというのが大前提としてあるということ?

大矢:軍と警察には共通点がある。アメリカの警察官は自分たちのことを「シープドック」と呼ぶ。牧場で羊を監視する犬の意味。警察の役目はそれだと自称している。周囲には狼が居て純真無垢な市民を自分たちが守るという発想。シープドックに監視されている羊たちは守られていると思うが実際には監視下に置かれるということ。

三上:オバマ時代に、退役軍人の就職先として警察を活用しようとなった?

大矢:そうです。2012年。元兵士たちの再雇用問題が起きていた。1億1100万ドル、日本円で100億円予算をつけて、国家プロジェクトとして各州の警察署で、元兵士を採用した分だけ予算がもらえると。ジョージ・フロイドさん事件で起訴されている警察官も元陸軍の兵士。そういう背景の人が銃を持ち、社会を監視する。軍隊経験と暴力行為がどれだけリンクしているのかという調査や報道が全然ない。

三上:軍隊で鍛えているから即戦力になる、というメリットもあるが、PTSD問題を抱える、落ち着いた精神状態でいられない元兵士が警察として銃を持って歩くのは恐ろしい。危険を感じると咄嗟に撃つという行為が染みついている。元軍人が志高く市民を守る警察官になる、ということ自体悪くないことなのかもしれないが、無実の市民が殺されてしまうような暴走が今のように多発するなら、市民が守られているとは言い難い。

大矢:私が2019年2月に取材した元海兵隊員の男性は、20歳で沖縄米軍基地へ配属になり、イラク・ファルージャに出撃した。2004年、ファルージャの大量住民殺害の時に参加していたのは沖縄から派兵された米軍。日本人として戦争を支えている責任を記者として感じた。一方、その男性は、除隊後もナイフを胸元に持っていないと不安で生活できないような精神状態だった。退役軍人省という政府機関があるが、そこが管理している病院で1年治療を受けて、やっと普通の生活ができるようになった。そんな時に退役軍人が銃撃事件を起こしたという報道を見聞きすると、「次は自分がやってしまうかもしれないと思う」と言っていた。

三上:北海道も沖縄も中央政権の恩恵を受けている感覚が薄い地域。南の端と北の端。国防のために自衛隊や米軍基地を押しつけられる。日本軍を知ろうとすればするほど自衛隊に関心が行くが、自衛隊員は自分の任務について「これはおかしい」「これは日本国民のためにならない」など上官に意見するのは不可能。一度入隊したら従う以外にない、国家が認定した暴力装置の中にたくさんの日本の若者がいる。彼らを守れるのは、自衛隊の外にいる有権者である私たちしかいないのだ。国防は自分たちの問題。「国防」と言うと防衛のためには軍備が必要というイメージが付きまとう。威嚇はしないと決め、武器は持たないと憲法で決めている。軍備による威嚇は、お互いに相手を上回るしかないシーソーゲームにしかならない。「国防」、ではなく、「戦争を消す」と言ってはどうか。いまある戦争を消していくこと。戦争に向かうものを全て消していく作業を必死にやる。世界の戦争を消すために日本には何ができるか、全力で取り組んでいる国になれば、尊敬される国になればいい。安心して生きるために、そういう道だってあるのではないかと強く思っている。



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